日本の心「演歌」の歴史

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演歌の始まり

演歌の始まりは、明治時代まで遡ります。明治という時代は、言論・集会の自由を求めて全国各地で自由民権運動の気運が高まっていました。しかし自由民権運動は反政府的な活動であったため、政府は演説に関する取締りを厳しく行います。この時、演説に代わり歌にして行われたのが「演説歌」であり、演説歌が今日の演歌の始まりと言われています。演説歌の代表でもある「オッペケペー節」が、広く大衆に歌われるようになります。演説歌は、現在の演歌とは内容・曲調共に全く異なり、その時代の政治を風刺するものが中心でした。

流行歌の登場

昭和に入ると、演説歌に代わって「流行歌」が一躍人気となります。流行歌は、クラシック音楽の流れを汲んだジャズやブルース、シャンソン調の音楽が中心で、幅広い人気を集めました。次第に、演説歌はその流行歌の人気に押されるようになります。そして、その流れは戦中や戦後数年を経ても変化することはありませんでした。

演歌の隆盛

演説歌が注目を集めるようになるのは、昭和30年代の終わり頃です。その頃になると、洋楽を含めた様々な音楽が登場してジャンルが細分化されていきました。そんな中で小節やヨナ抜き音階を用いた音楽が広く浸透し始め、今日における「演歌」が登場しました。

昭和40年代に入ると数多くの演歌歌手が登場し、日本の音楽シーンにおいて演歌は隆盛を極め、銀幕のスターが演歌歌手としてデビューすることも珍しくありませんでした。昭和40年代後半から50年代にかけて、演歌は他ジャンルのテイストを上手く加え、多くの人々に愛されるようになり、現在では「日本の心」として中高年層を中心に幅広く楽しまれています。

日本の心「演歌」の歴史

オフィス道に所属する演歌歌手・マイク河原は、このような歴史を紡い出来た演歌を、心を込めて唄い続けていきます。
また古くから歌い継がれた唱歌、抒情歌、歌謡曲などの名曲もしっかり歌い継いでいきます。皆様の心に届く歌を唄い、歌で皆様の人生を応援出来たら幸いです。出演依頼は、横浜を中心に東京埼玉山梨から多く頂いており、その他の関東甲信からの出演依頼も大歓迎です。

プロ演歌歌手の生歌で「日本の心」をお届けいたしますので、皆様からの多くの出演依頼をお待ちしております。
マイク河原の楽曲や出演イベント情報など、詳しくは気軽にオフィス道へお問い合わせください。

演歌歌手への出演依頼なら【マイク河原】 概要

会社名 オフィス道
所在地 〒244-0002 神奈川県横浜市戸塚区矢部町644
電話番号 090-8030-1953
説明 演歌歌手のマイク河原は、コンサートや歌謡祭など各種イベントの出演オファーを受け付けております。東京をはじめ各地域のイベントにお伺いいたします。詳しくはお問い合わせください。